我は如何にしてブラオナニストになりしか?〜1970年代ブラジャーの記憶を辿るブラジャーフェチ自分探し=ブラオナ・ルーツ発見の旅
頭痛がするほどの猛暑だ。こんな時は、何もしたくない。暑気で冷静な脳を失ってしまうから、夏に性犯罪者が犯罪を起こす確率が高いのも納得できるが、我々、真摯に自分の倒錯した性癖(=ブラジャーフェチ)に向き合うインテリジェントなブラオナニストは、悪いことは決して行わず、改めて、自分の性壁が存在する理由について、考察してみようではないか! まー、ブラオナくらいしか、この暑さを振り切る手段は無いわけだしね!(ブラオナ専用ブラを冷蔵庫で冷やしてから行うブラオナも一興です。お試しください)。
思えば、1979年、初めてワコールのプリリブラ・フロントホックでチンコをシゴいて初射精した(初ブラオナ&精通)あの夏の日も、暑い日だった。
なぜ、あの1979年の夏の日、僕はブラオナを始めたのだろうか?
1970年代の何が一体、僕をブラジャーフェチに形成したのだろうか?
昨日紹介したブラジャー・スキャン・コンピレーション動画を見ながら、今一度、自分のブラオナ・ブラジャーフェチのルーツについて考えてみる。
強調しておくが、1979年以前のブラジャーネタ、という制約がとても・とても重要!1980年代の「パンツの穴」や洋画「グローイング・アップ3/恋のチューインガム」や、鶴光のオールナイトニッポンの「かぶせ着けてまっか?」や、ワコール「シェイプブラ」CMや、「ストップひばりくん」や「さすがの猿飛」の魔子ちゃんのブラジャーなどなど、1980年代のブラジャーネタには素晴らしいものが山ほどあり、個人的にもビデオに録画してテープと尿道口が擦り切れるまでにブラオナのおかずにしたものであるが、残念ながら今回は考察の対象としない。なぜならば、まず、すでに個人的に1979年にブラオナというソリューションに辿り着いているので事後のズリネタでしかないこと、加えて、「1980年代以降のエロはビデオで録画可能(アーカイブ可能)であるのに対して、1970年代以前のエロはアーカイブ不可能であった」(!!!)という、あまりも巨大な文化の違いからである。
そう1980年代以前。まだ家庭にビデオは普及していない。だからエロを求める彷徨える魂は、こぞってポルノ映画を見に行く。よって1970年代は日本ポルノ映画の最盛期。街はポルノ映画の宣伝ポスターで溢れていた。そのポスターでは、浦沢直樹「20世紀少年」でも描かれたように、ブラジャーを外した女性のおっぱいの乳首にあたる部分が、☆印シールなどで隠されていた。若い世代なら実感できないかもしれないが、それがフツーの街の風景だった。エログロナンセンスと呼ばれた時代の風潮は、当然、ブラウン管にも反映していた。野球拳などが象徴するように1970年代には、現代では考えられないほどのエロスがブラウン管にあった。お茶の間と女性のブラジャー姿が共存していた。だから、多分、1970年代の文化が、僕のブラジャーフェチに形成した可能性が高い。では、一体、具体的に、何が?
なぜ、あの1979年の夏の日、僕はブラオナを始めたのだろうか?
さあ、猛暑の中出かけよう、ブラジャーフェチの自分探し&ブラオナ・ルーツ探しの旅に。
# 1970年
1970年3月29日、「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」が放映終了となる。ブラウン管で公然と女性のブラジャー姿を放映した伝説的番組。個人的には物心ついていない時期であまり記憶がないのだが、不思議なもので、当時放映されていたトリンプのブラジャーCMの音楽と女性ナレーションの声(下リンクからブラジャー・スキャン・コンピレーション動画を参照)は聴覚で覚えている。この音楽と声を聴くと、何かワクワクしたことも記憶にある。多分この頃、「テレビを見ると、たまに女の人のおっぱいと、そのおっぱいを包んでいる不思議な下着、ブラジャーが見れる!」という意識が、自分の深層心理に刻み込まれたように思う。
# 1971年
1971年「ルパン三世 (TV第1シリーズ)」放映開始。ゴールデンタイムのブラウン管に登場する峰不二子のブラジャー姿がどれだけ当時の子供たちにとって衝撃だったかは、現代のワコールの「峰 不二子×AMPHI グラマリッチブラ」の商品展開を見ても、お分かりであろう。峰不二子はものすごいエロ衝撃。だから峰不二子は永遠に”エロい女”の象徴。峰不二子といえばブラジャー、ブラジャーといえば峰不二子、と言い切ってもよし。
同年「仮面ライダー」放映開始。当時は、透けブラ女性天国。白に白の透けブラ女性が夏は跳梁跋扈してて、今みたいな「夏の透けブラ対策保守党」は存在しなかった。そして少年たちにとって透けブラは、ハイヒール、ストッキングと並ぶ、とても分かりやすい”性差=大人の女性の3大記号”だった。女といえばブラジャー。ブラジャーといえば女(=異性)。仮面ライダーのヒロインたちや街で見る大人の女性の透けブラから、僕のブラジャーフェチへの道が開かれる。
# 1972年
1972年「ウルトラマンA」で当時の少年たちに数多くエロス・トラウマを与えた美川隊員の透けブラも僕のブラジャーフェチを加速させた。時代の”ギャグブーム”の後押しで同年放映開始された「ど根性ガエル」での京子ちゃんのブラジャー。「おっぱいバンド強烈でやんす、ハアハアハアハア」という五郎の叫びが、どれだけ数多くの少年たちのブラジャーの物神化(フェティシズム)を促進しただろうか。同じく同年放映開始で、日本ロボットアニメの基礎を構築した永井豪原作「マジンガーZ」でも、その後の「魔法少女まどか☆マギカ」の美樹さやかのキャラクター造形に影響を与えたと言われる伝説的ロボットアニメ・ヒロイン、弓さやかのブラジャーや、第67話「泣くな甲児!十字架にかけた命」でエリカのブラジャー姿を見ることができる。基本、永井豪は「キューティーハニー」や「ハレンチ学園」でもわかるように、パンチラ&ノーブラ系の人で、決してブラジャーフェチの作家ではない。だが、マジンガーZのこれらのシーンは(多分、スタッフの趣味)、将来ブラオナニストとなる少年予備軍に影響を与えた。そして同年1972年、ワコールのヒット商品、「シームレスカップブラ」が発売。
# 1973年
1973年「キカイダー01」の第21話 「吸血の館 美人女子寮の恐怖!!」で怪人にブラジャー姿に品捲られる女性たちも、シームレスカップブラを装着してるようだ。こんなシーンがお茶の間のブラウン管で、子供向け特撮番組で許可されていたのがとても不思議だが、まあ、そういう時代だ。「仮面ライダーV3」でも珠子の白に白の透けブラが堪能できた。「大人の女の人は、おっぱいがあって、それにブラジャーってものを着けてるんだ」→「ブラジャーを着けてる人が女性なんだ」→「ブラジャーが異性なんだ」とすくすく育成されていくブラフェチ魂。
# 1974年
1974年の「がきデカ」の「このブラください」「あ、ジュンちゃん、乳バンド買うのか」「乳バンドとはなによ、ブラジャーといいなさいっ」。このシーンを歯科医の待合室で読んだ時、体内中の血液がものすごく高速で流れ、体が熱くなるのを感じた。おそらく、明確に意識的に初勃起を確認した瞬間だった。生おっぱいシーンなんて他にもあるのに、このジュンちゃんのブラジャー購買シーンは、明らかに自分のブラジャーフェチの起点となった。6歳の時のことだ。いやー、マジで忘れることのできない、ジュンちゃんのブラジャー革命!
そしていよいよ、ブラジャーフェティシシズムにおいて最重要視されるべき東映の魔女っ子シリーズ、「魔女っ子メグちゃん」が同年4月1日放映開始!魔女っ子アニメ枠にとどまらず、アニメ史上、ヒロインのブラジャーシーンが最も多いアニメと言えるのではないか。何と言っても、寝室でいつもスケスケのシースルーなネグリジェ姿で、
色トレースのネグリジェから透けて見える白のトリンプのドリーン(DOREEN)風フルカップ・ブラジャー!!
このブラジャー姿を見るためだけに、毎週毎週、メグちゃんの放送を心待ちにしたものか。神崎メグのブラジャー姿では今でもヌケる。声優・吉田理保子の声には、その後の「アニメトピア」のエロネタなどで何度か抜いたものだが、多分、メグちゃんのブラジャーを彼女の声をいつも想起させてくれるからだ。
# 1975年
そして、1975年放映開始の「宇宙戦艦ヤマト」の伝説のワープシーン!! 森雪の白いブラジャー!! 森雪はワインレッド色の透け透けネグリジェ(残念だがノーブラ)や「さらば」 の白スリップ姿(ストラップとフリルがエロい)とかもあるけど、やっぱり森雪ではこのブラジャーシーンが一番興奮する。同年放映開始の「勇者ライディーン」で安彦良和キャラの桜野マリも白ブラ姿をサービス。ううむ、1970年代ってビデオがない”アーカイブ不可能時代”だから、「無意識層に焼き付けられたブラジャーフェチ画像」が、もっともっと山ほどあったと思うんだよね。だから、この時代のロボットアニメのDVD(BD?)を全部買って、じっくりブラジャーシーンを発掘してみたいものだ。その時間と金が欲しい。
さて、先に「1980年代以降のエロはビデオで録画可能(アーカイブ可能)であるのに対して、1970年代以前のエロはアーカイブ不可能であった」、「お茶の間と女性のブラジャー姿が共存していた」と書いたが、これはすなわち、「1970年代以前のセンズリと1980年代以降のセンズリには、そのセンズリ手法において決定的な違いがある」ということだ。特に動画。1980年代以降のセンズリにおけるズリネタ(例:ブラジャー動画)は、いつでもボタン一つで再生可能。鑑賞を楽しむと同時に、チンコを扱くことが可能。現代は当たり前のことだが、実に優雅でブルジョワジーなセンズリ。
反して、1970年代以前のセンズリでは、動画情報の非アーカイブという性質により、ボタン一つでの情報取り出し&再生が不可能だ。確かに、「宇宙戦艦ヤマト」の森雪のブラジャーを見ながらお茶の間で家族の目を気にせずにシコシコしたり、ポルノ映画館で公然わいせつ罪検挙覚悟でシコシコするのも可能だったかもしれないが(、とにかくこの時代のズリネタ動画利用方法は、「見た時、見たエロい光景(例:森雪のブラジャー)を脳内に焼き付けて、その後、ベッドの中で”脳内再生”してシコシコする」(!!!!!)しかなかったわけである。)すまん、正直、1975年は個人的にセンズリ未経験なので、自分は責任持って語れる立場にいないが。。)
だからベストなセンズリを求める者として、尽くせる最大の手段が、「書籍というアーカイブからのズリネタ情報取り出し」と、「脳内に焼き付けたズリネタ(例:森雪のブラジャー)を自力で絵に描いてみる」だけだったのだ!「書籍というアーカイブからのズリネタ情報取り出し」のために、ケイブンシャから発売されていた「宇宙戦艦ヤマト大百科」や、アニメージュ・ロマンアルバムを、森雪のブラジャー画像のためだけに購入する。そして絵が描ける者なら、何度も何度も、森雪のブラジャー姿を実際に描いて見て、満足できる出来となったら、それでシコシコする。まー、正直、森雪は何千回も描いた。無印の後半で出てきたワインレッドの透け透けネグリジェの下に、魔女っ子メグちゃんと同じく、白いブラジャーや、時には黒いブラジャー(パンティは黒だったからね)を着せてみたり、時にはスリーインワンや、ブラスリップを着せてみたりしてね。チンコがギンギンになりながら、何度も何度も描き直したものだ。
だが、こうして1970年代のブラジャーフェチ男性は、お手軽なボタン一つの再生機能でのリプリゼンテーションではなく、アナログで泥臭い脳内再生努力によって、後戻りができないほどにブラジャーへの情熱を形成してしまったんだと考える。実際、この経験は、自分にとっても絶大だった。森雪のブラジャーの功罪。。実際、人生狂った(苦笑)。
# 1977年
続いて1977年、「ジャッカー電撃隊」では、ヒロインのカレン水木(ハートクイン、演:ミッチー・ラブ)の衣装がスケスケのピンクのブラウスで、白いブラジャーの透けブラを大々的にフィーチャー! もう、「女は透けブラしてるもの」ってブラジャーフェチ固定観念止めようないわな。実際、学校の女性の先生が、大らかにいつも透けブラしていたのを思い出す。透けブラ見るためだけに、通学していたと言ってもよい。ブラジャーのことを考えるのが、人生最大の喜びとなったことを再確認できる。
さらに、同年週刊少年チャンピオン連載開始の「マカロニほうれん荘」の姫野かおりの「ねえ、そうじくん、ホック、留めて❤️」のシーン、立ち読み(勃ち読み?)したとき頭がクラクラ! 全部電子書籍版買ったんだけど、残念ながらこのシーン、カットされてんだよね。。多分、Uバックのブラジャーだった。ホック数は覚えてない。早速、書店でお小遣いで購入、このシーンだけ切り抜いて、家のそばの下水道あたりに作ってた”誰にも内緒のエロ秘密基地”にアーカイブして、一人で何度も眺めながら、チンコをただただ、膨らませていた(まだ初射精してない頃だからね。この2年後、初めてのブラオナを実践)。”誰にも内緒のエロ秘密基地”には、どこかで拾ったエロ本、エロ漫画、スーパーのチラシから女性下着部分だけを切り抜いたもの、そして、(なぜ、当時こういうことがあったのか今でも疑問だが、)偶然、草むらで拾ったスリップとブラジャーを大事に保管していた。これが、アナログ時代のズリネタ・アーカイブだ(自発ブラオナまであと2年だけど)。
で、同年(1977年)「ルパン三世 (TV第2シリーズ)」放映開始。毎週毎週、「今回は不二子のブラジャー姿、あるかなあ?」と欠かさずチェックした。ブラジャー姿があった時は、「今回は当たりだ!」って感動。同年の「野球狂の詩」の水原勇気の白いブラジャーも忘れられない記憶。
# 1978年
ワコールのプリリブラ、フロントホックが発売された1978年。父母が見ている「江戸川乱歩 美女シリーズ」でもたまにブラジャー姿の女優や、透けブラを楽しむことができた。そしてTV版「銀河鉄道999」の放映開始。ブラジャーフェチ史上有名な、メーテルの黒ブラ。1970年代アニメにおいて、峰不二子のブラ、魔女っ子メグちゃんのブラに並んで著名な、誰もが認める3大ブラジャー・アニメキャラ。まー、確かに毎週「今回は、メーテル脱ぐかな?」って見てたけど、メーテルのブラジャーは、当時のワコールの「ベアトップブラ」というか、チューブブラ傾向というか、まー、現在でいうユニクロ・ブラトップ的なブラジャーであって、今となっては、「メーテルのブラジャーをブラジャーとして認めていいものか否か?」と悩むのだが、いやはや、当時は、ビデオもインターネットも無くて(何度もいうが、ブラジャーフェチ・アーカイブ不在時代)、ブラジャーフェチにとってもズリネタを、今世のように自在にチョイスすることができなかったわけ。だから、メーテルの黒ブラって、とても貴重だった。それに、ブラジャー姿で長時間活動する初のヒロインだったしね、メーテルは。過小評価すべきではない。
# 1979年
そしてとうとう、1979年7月28日放映、「機動戦士ガンダム」第17話「アムロ脱走」でのミライ・ヤシマのブラジャー。
このバスルームに吊り下げられたブラジャー、特にアムロの顔にブラジャーが当たるシーンで興奮した後、僕は、アムロがガンダムを持ち出して、ホワイトベースから脱出したのと同じように、姉のブラジャー引き出しから、ワコールのフロントホックブラを持ち出して、いわゆる通常の性癖から脱出してしまった。
ギンギンとなっていたチンコと、手にしたワコールのフロントホックブラ。
まずは、フロントホックをカチン❤️と、留める。ますますギンギンになるチンコ。
「このチンコにブラジャーを被せてみたら、何が起こるのだろう?」と思い、
僕はチンコをブラジャーのカップ内側で包んでみた。
カチンコチンのチンコは更に硬くなる。
激しい動悸。衝動的に、手でブラジャーのカップを掴み、チンコを扱き始めると、
それまで体験したほどのない衝撃が下半身に走る。
「こ、これが、セックス?」咄嗟に僕はそう感じながら、ブラジャーでチンコを扱き続ける。
まも無くして、下半身に雷を浴びたような電撃が走った。
何が起こったのか分からなかった。ブラジャーでチンコをシコシコするのを辞めて、
ブラジャーのカップを開くと、ブラジャーのカップの内側に、白い粉状なものが付着していた。
今になってみるとよく分からないが、初射精(精通)の時の精子って、液状でなく、固形なザーメンが出るものなのだろうか?
誰に訊いたらいいのか、よく分からんが。。ブラオナ情報局読者の皆さんのなかに、お医者さんはいらっしゃいませんか?
かくして僕はブラオナニストとなった。
このブログで何度も書いているが、別にブラジャーフェチであることを誇りと思ったことはないし、ブラオナの権利を正々堂々と主張する気もない。もしブラジャーフェチが辞めれれば、辞めてもいいと思うが、辞めることができないし、通常の心理分析などは茶番としか思えないほど、性癖に対する分析が甘い。
ともあれ、多分1974年のジュンちゃんのブラ、メグちゃんのブラ、1975年の森雪のブラが僕のブラジャーフェチ&ブラオナのルーツなんだろうな。
そして、そのブラジャーをしつこく脳内再生したことが、決定的な不可逆な体験となって、僕は、ブラジャーフェチになってしまった。そして、40年間、そのままであるという現実があるだけだ。
あらゆる世代のブラジャーフェチの諸氏も、自分のブラオナのルーツを探してみては?
思えば、1979年、初めてワコールのプリリブラ・フロントホックでチンコをシゴいて初射精した(初ブラオナ&精通)あの夏の日も、暑い日だった。
なぜ、あの1979年の夏の日、僕はブラオナを始めたのだろうか?
1970年代の何が一体、僕をブラジャーフェチに形成したのだろうか?
昨日紹介したブラジャー・スキャン・コンピレーション動画を見ながら、今一度、自分のブラオナ・ブラジャーフェチのルーツについて考えてみる。
強調しておくが、1979年以前のブラジャーネタ、という制約がとても・とても重要!1980年代の「パンツの穴」や洋画「グローイング・アップ3/恋のチューインガム」や、鶴光のオールナイトニッポンの「かぶせ着けてまっか?」や、ワコール「シェイプブラ」CMや、「ストップひばりくん」や「さすがの猿飛」の魔子ちゃんのブラジャーなどなど、1980年代のブラジャーネタには素晴らしいものが山ほどあり、個人的にもビデオに録画してテープと尿道口が擦り切れるまでにブラオナのおかずにしたものであるが、残念ながら今回は考察の対象としない。なぜならば、まず、すでに個人的に1979年にブラオナというソリューションに辿り着いているので事後のズリネタでしかないこと、加えて、「1980年代以降のエロはビデオで録画可能(アーカイブ可能)であるのに対して、1970年代以前のエロはアーカイブ不可能であった」(!!!)という、あまりも巨大な文化の違いからである。
そう1980年代以前。まだ家庭にビデオは普及していない。だからエロを求める彷徨える魂は、こぞってポルノ映画を見に行く。よって1970年代は日本ポルノ映画の最盛期。街はポルノ映画の宣伝ポスターで溢れていた。そのポスターでは、浦沢直樹「20世紀少年」でも描かれたように、ブラジャーを外した女性のおっぱいの乳首にあたる部分が、☆印シールなどで隠されていた。若い世代なら実感できないかもしれないが、それがフツーの街の風景だった。エログロナンセンスと呼ばれた時代の風潮は、当然、ブラウン管にも反映していた。野球拳などが象徴するように1970年代には、現代では考えられないほどのエロスがブラウン管にあった。お茶の間と女性のブラジャー姿が共存していた。だから、多分、1970年代の文化が、僕のブラジャーフェチに形成した可能性が高い。では、一体、具体的に、何が?
なぜ、あの1979年の夏の日、僕はブラオナを始めたのだろうか?
さあ、猛暑の中出かけよう、ブラジャーフェチの自分探し&ブラオナ・ルーツ探しの旅に。
# 1970年
1970年3月29日、「コント55号の裏番組をぶっとばせ!」が放映終了となる。ブラウン管で公然と女性のブラジャー姿を放映した伝説的番組。個人的には物心ついていない時期であまり記憶がないのだが、不思議なもので、当時放映されていたトリンプのブラジャーCMの音楽と女性ナレーションの声(下リンクからブラジャー・スキャン・コンピレーション動画を参照)は聴覚で覚えている。この音楽と声を聴くと、何かワクワクしたことも記憶にある。多分この頃、「テレビを見ると、たまに女の人のおっぱいと、そのおっぱいを包んでいる不思議な下着、ブラジャーが見れる!」という意識が、自分の深層心理に刻み込まれたように思う。
# 1971年
1971年「ルパン三世 (TV第1シリーズ)」放映開始。ゴールデンタイムのブラウン管に登場する峰不二子のブラジャー姿がどれだけ当時の子供たちにとって衝撃だったかは、現代のワコールの「峰 不二子×AMPHI グラマリッチブラ」の商品展開を見ても、お分かりであろう。峰不二子はものすごいエロ衝撃。だから峰不二子は永遠に”エロい女”の象徴。峰不二子といえばブラジャー、ブラジャーといえば峰不二子、と言い切ってもよし。
同年「仮面ライダー」放映開始。当時は、透けブラ女性天国。白に白の透けブラ女性が夏は跳梁跋扈してて、今みたいな「夏の透けブラ対策保守党」は存在しなかった。そして少年たちにとって透けブラは、ハイヒール、ストッキングと並ぶ、とても分かりやすい”性差=大人の女性の3大記号”だった。女といえばブラジャー。ブラジャーといえば女(=異性)。仮面ライダーのヒロインたちや街で見る大人の女性の透けブラから、僕のブラジャーフェチへの道が開かれる。
# 1972年
1972年「ウルトラマンA」で当時の少年たちに数多くエロス・トラウマを与えた美川隊員の透けブラも僕のブラジャーフェチを加速させた。時代の”ギャグブーム”の後押しで同年放映開始された「ど根性ガエル」での京子ちゃんのブラジャー。「おっぱいバンド強烈でやんす、ハアハアハアハア」という五郎の叫びが、どれだけ数多くの少年たちのブラジャーの物神化(フェティシズム)を促進しただろうか。同じく同年放映開始で、日本ロボットアニメの基礎を構築した永井豪原作「マジンガーZ」でも、その後の「魔法少女まどか☆マギカ」の美樹さやかのキャラクター造形に影響を与えたと言われる伝説的ロボットアニメ・ヒロイン、弓さやかのブラジャーや、第67話「泣くな甲児!十字架にかけた命」でエリカのブラジャー姿を見ることができる。基本、永井豪は「キューティーハニー」や「ハレンチ学園」でもわかるように、パンチラ&ノーブラ系の人で、決してブラジャーフェチの作家ではない。だが、マジンガーZのこれらのシーンは(多分、スタッフの趣味)、将来ブラオナニストとなる少年予備軍に影響を与えた。そして同年1972年、ワコールのヒット商品、「シームレスカップブラ」が発売。
# 1973年
1973年「キカイダー01」の第21話 「吸血の館 美人女子寮の恐怖!!」で怪人にブラジャー姿に品捲られる女性たちも、シームレスカップブラを装着してるようだ。こんなシーンがお茶の間のブラウン管で、子供向け特撮番組で許可されていたのがとても不思議だが、まあ、そういう時代だ。「仮面ライダーV3」でも珠子の白に白の透けブラが堪能できた。「大人の女の人は、おっぱいがあって、それにブラジャーってものを着けてるんだ」→「ブラジャーを着けてる人が女性なんだ」→「ブラジャーが異性なんだ」とすくすく育成されていくブラフェチ魂。
# 1974年
1974年の「がきデカ」の「このブラください」「あ、ジュンちゃん、乳バンド買うのか」「乳バンドとはなによ、ブラジャーといいなさいっ」。このシーンを歯科医の待合室で読んだ時、体内中の血液がものすごく高速で流れ、体が熱くなるのを感じた。おそらく、明確に意識的に初勃起を確認した瞬間だった。生おっぱいシーンなんて他にもあるのに、このジュンちゃんのブラジャー購買シーンは、明らかに自分のブラジャーフェチの起点となった。6歳の時のことだ。いやー、マジで忘れることのできない、ジュンちゃんのブラジャー革命!
そしていよいよ、ブラジャーフェティシシズムにおいて最重要視されるべき東映の魔女っ子シリーズ、「魔女っ子メグちゃん」が同年4月1日放映開始!魔女っ子アニメ枠にとどまらず、アニメ史上、ヒロインのブラジャーシーンが最も多いアニメと言えるのではないか。何と言っても、寝室でいつもスケスケのシースルーなネグリジェ姿で、
色トレースのネグリジェから透けて見える白のトリンプのドリーン(DOREEN)風フルカップ・ブラジャー!!
このブラジャー姿を見るためだけに、毎週毎週、メグちゃんの放送を心待ちにしたものか。神崎メグのブラジャー姿では今でもヌケる。声優・吉田理保子の声には、その後の「アニメトピア」のエロネタなどで何度か抜いたものだが、多分、メグちゃんのブラジャーを彼女の声をいつも想起させてくれるからだ。
# 1975年
そして、1975年放映開始の「宇宙戦艦ヤマト」の伝説のワープシーン!! 森雪の白いブラジャー!! 森雪はワインレッド色の透け透けネグリジェ(残念だがノーブラ)や「さらば」 の白スリップ姿(ストラップとフリルがエロい)とかもあるけど、やっぱり森雪ではこのブラジャーシーンが一番興奮する。同年放映開始の「勇者ライディーン」で安彦良和キャラの桜野マリも白ブラ姿をサービス。ううむ、1970年代ってビデオがない”アーカイブ不可能時代”だから、「無意識層に焼き付けられたブラジャーフェチ画像」が、もっともっと山ほどあったと思うんだよね。だから、この時代のロボットアニメのDVD(BD?)を全部買って、じっくりブラジャーシーンを発掘してみたいものだ。その時間と金が欲しい。
さて、先に「1980年代以降のエロはビデオで録画可能(アーカイブ可能)であるのに対して、1970年代以前のエロはアーカイブ不可能であった」、「お茶の間と女性のブラジャー姿が共存していた」と書いたが、これはすなわち、「1970年代以前のセンズリと1980年代以降のセンズリには、そのセンズリ手法において決定的な違いがある」ということだ。特に動画。1980年代以降のセンズリにおけるズリネタ(例:ブラジャー動画)は、いつでもボタン一つで再生可能。鑑賞を楽しむと同時に、チンコを扱くことが可能。現代は当たり前のことだが、実に優雅でブルジョワジーなセンズリ。
反して、1970年代以前のセンズリでは、動画情報の非アーカイブという性質により、ボタン一つでの情報取り出し&再生が不可能だ。確かに、「宇宙戦艦ヤマト」の森雪のブラジャーを見ながらお茶の間で家族の目を気にせずにシコシコしたり、ポルノ映画館で公然わいせつ罪検挙覚悟でシコシコするのも可能だったかもしれないが(、とにかくこの時代のズリネタ動画利用方法は、「見た時、見たエロい光景(例:森雪のブラジャー)を脳内に焼き付けて、その後、ベッドの中で”脳内再生”してシコシコする」(!!!!!)しかなかったわけである。)すまん、正直、1975年は個人的にセンズリ未経験なので、自分は責任持って語れる立場にいないが。。)
だからベストなセンズリを求める者として、尽くせる最大の手段が、「書籍というアーカイブからのズリネタ情報取り出し」と、「脳内に焼き付けたズリネタ(例:森雪のブラジャー)を自力で絵に描いてみる」だけだったのだ!「書籍というアーカイブからのズリネタ情報取り出し」のために、ケイブンシャから発売されていた「宇宙戦艦ヤマト大百科」や、アニメージュ・ロマンアルバムを、森雪のブラジャー画像のためだけに購入する。そして絵が描ける者なら、何度も何度も、森雪のブラジャー姿を実際に描いて見て、満足できる出来となったら、それでシコシコする。まー、正直、森雪は何千回も描いた。無印の後半で出てきたワインレッドの透け透けネグリジェの下に、魔女っ子メグちゃんと同じく、白いブラジャーや、時には黒いブラジャー(パンティは黒だったからね)を着せてみたり、時にはスリーインワンや、ブラスリップを着せてみたりしてね。チンコがギンギンになりながら、何度も何度も描き直したものだ。
だが、こうして1970年代のブラジャーフェチ男性は、お手軽なボタン一つの再生機能でのリプリゼンテーションではなく、アナログで泥臭い脳内再生努力によって、後戻りができないほどにブラジャーへの情熱を形成してしまったんだと考える。実際、この経験は、自分にとっても絶大だった。森雪のブラジャーの功罪。。実際、人生狂った(苦笑)。
# 1977年
続いて1977年、「ジャッカー電撃隊」では、ヒロインのカレン水木(ハートクイン、演:ミッチー・ラブ)の衣装がスケスケのピンクのブラウスで、白いブラジャーの透けブラを大々的にフィーチャー! もう、「女は透けブラしてるもの」ってブラジャーフェチ固定観念止めようないわな。実際、学校の女性の先生が、大らかにいつも透けブラしていたのを思い出す。透けブラ見るためだけに、通学していたと言ってもよい。ブラジャーのことを考えるのが、人生最大の喜びとなったことを再確認できる。
さらに、同年週刊少年チャンピオン連載開始の「マカロニほうれん荘」の姫野かおりの「ねえ、そうじくん、ホック、留めて❤️」のシーン、立ち読み(勃ち読み?)したとき頭がクラクラ! 全部電子書籍版買ったんだけど、残念ながらこのシーン、カットされてんだよね。。多分、Uバックのブラジャーだった。ホック数は覚えてない。早速、書店でお小遣いで購入、このシーンだけ切り抜いて、家のそばの下水道あたりに作ってた”誰にも内緒のエロ秘密基地”にアーカイブして、一人で何度も眺めながら、チンコをただただ、膨らませていた(まだ初射精してない頃だからね。この2年後、初めてのブラオナを実践)。”誰にも内緒のエロ秘密基地”には、どこかで拾ったエロ本、エロ漫画、スーパーのチラシから女性下着部分だけを切り抜いたもの、そして、(なぜ、当時こういうことがあったのか今でも疑問だが、)偶然、草むらで拾ったスリップとブラジャーを大事に保管していた。これが、アナログ時代のズリネタ・アーカイブだ(自発ブラオナまであと2年だけど)。
で、同年(1977年)「ルパン三世 (TV第2シリーズ)」放映開始。毎週毎週、「今回は不二子のブラジャー姿、あるかなあ?」と欠かさずチェックした。ブラジャー姿があった時は、「今回は当たりだ!」って感動。同年の「野球狂の詩」の水原勇気の白いブラジャーも忘れられない記憶。
# 1978年
ワコールのプリリブラ、フロントホックが発売された1978年。父母が見ている「江戸川乱歩 美女シリーズ」でもたまにブラジャー姿の女優や、透けブラを楽しむことができた。そしてTV版「銀河鉄道999」の放映開始。ブラジャーフェチ史上有名な、メーテルの黒ブラ。1970年代アニメにおいて、峰不二子のブラ、魔女っ子メグちゃんのブラに並んで著名な、誰もが認める3大ブラジャー・アニメキャラ。まー、確かに毎週「今回は、メーテル脱ぐかな?」って見てたけど、メーテルのブラジャーは、当時のワコールの「ベアトップブラ」というか、チューブブラ傾向というか、まー、現在でいうユニクロ・ブラトップ的なブラジャーであって、今となっては、「メーテルのブラジャーをブラジャーとして認めていいものか否か?」と悩むのだが、いやはや、当時は、ビデオもインターネットも無くて(何度もいうが、ブラジャーフェチ・アーカイブ不在時代)、ブラジャーフェチにとってもズリネタを、今世のように自在にチョイスすることができなかったわけ。だから、メーテルの黒ブラって、とても貴重だった。それに、ブラジャー姿で長時間活動する初のヒロインだったしね、メーテルは。過小評価すべきではない。
# 1979年
そしてとうとう、1979年7月28日放映、「機動戦士ガンダム」第17話「アムロ脱走」でのミライ・ヤシマのブラジャー。
このバスルームに吊り下げられたブラジャー、特にアムロの顔にブラジャーが当たるシーンで興奮した後、僕は、アムロがガンダムを持ち出して、ホワイトベースから脱出したのと同じように、姉のブラジャー引き出しから、ワコールのフロントホックブラを持ち出して、いわゆる通常の性癖から脱出してしまった。
ギンギンとなっていたチンコと、手にしたワコールのフロントホックブラ。
まずは、フロントホックをカチン❤️と、留める。ますますギンギンになるチンコ。
「このチンコにブラジャーを被せてみたら、何が起こるのだろう?」と思い、
僕はチンコをブラジャーのカップ内側で包んでみた。
カチンコチンのチンコは更に硬くなる。
激しい動悸。衝動的に、手でブラジャーのカップを掴み、チンコを扱き始めると、
それまで体験したほどのない衝撃が下半身に走る。
「こ、これが、セックス?」咄嗟に僕はそう感じながら、ブラジャーでチンコを扱き続ける。
まも無くして、下半身に雷を浴びたような電撃が走った。
何が起こったのか分からなかった。ブラジャーでチンコをシコシコするのを辞めて、
ブラジャーのカップを開くと、ブラジャーのカップの内側に、白い粉状なものが付着していた。
今になってみるとよく分からないが、初射精(精通)の時の精子って、液状でなく、固形なザーメンが出るものなのだろうか?
誰に訊いたらいいのか、よく分からんが。。ブラオナ情報局読者の皆さんのなかに、お医者さんはいらっしゃいませんか?
かくして僕はブラオナニストとなった。
このブログで何度も書いているが、別にブラジャーフェチであることを誇りと思ったことはないし、ブラオナの権利を正々堂々と主張する気もない。もしブラジャーフェチが辞めれれば、辞めてもいいと思うが、辞めることができないし、通常の心理分析などは茶番としか思えないほど、性癖に対する分析が甘い。
ともあれ、多分1974年のジュンちゃんのブラ、メグちゃんのブラ、1975年の森雪のブラが僕のブラジャーフェチ&ブラオナのルーツなんだろうな。
そして、そのブラジャーをしつこく脳内再生したことが、決定的な不可逆な体験となって、僕は、ブラジャーフェチになってしまった。そして、40年間、そのままであるという現実があるだけだ。
あらゆる世代のブラジャーフェチの諸氏も、自分のブラオナのルーツを探してみては?
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2019-06-24 14:01 編集